新しい時代のスポーツライター像を求めて

スポーツライターとは?

いま、スポーツライターになりたいという人は、どの程度いるのだろうか?

スポーツライターとは、言うまでもなく、スポーツを題材にして文章を執筆する人のことである。試合をレポートしたり、アスリートや監督らにインタビューを行いながら記事を書きあげ、ウェブや新聞や雑誌などの媒体に掲載したり、書籍を出版したりする。

私は2016年に、副業でスポーツライターの活動をはじめ、たった1年で大手メディアで執筆し、ヤフートピックスへの掲載、さらにその2年後には独立をするに至った。長い下積み時代を経て、ようやく活躍の場をつかんだ多くのスポーツライターと比べれば、かなり運が良かったと言えるのかもしれない。

しかし、私のなかでは、運に任せたつもりもなく、かと言って特別な何かをしてきたという感覚もない。スポーツへの熱い思いと、ごく当たり前のビジネス感覚と、少しの工夫だけでここまでやってくることができた。

ここからは、スポーツライターとして何の実績もキャリアもなかった私が、なぜ短期間で執筆実績を重ねることができたのか、またこれからの時代のスポーツライターにはどんなことが求められるのかを考察してみることにしたい。

これまでのスポーツライター像

私の周りには、偉大な先輩たちに憧れて、その道を志したというスポーツライターは多い。本が売れた時代は、高収入を得られ、優雅な生活をおくることもできたと聞く。自分の好きなスポーツの現場を取材し、その先にはキラキラした生活が待っているなんて、夢のような話である。

簡単に計算してみよう。もしも印税10%の契約で1500円の本が50万部売れたとする。「150円×50万部 = 7500万円」の収入が得られることになる。

ただし、50万部売れれば、の話だ。

本が売れた時代なら、編集者に急かされ嫌な思いをしながらでも、気合いで筆を走らせたことだろう。だが、そんな時代はもう遠い昔のこと。今は著名なスポーツライターの書いた本でも、まったく売れない。5万部売れたら大ヒットだろう。いまは、スポーツライター専業で生きていくことは、とても難しい時代になっているのだ。

私がスポーツライターとして活動を始めた2016年は、すでに本が売れない時代の真っ只中。しかも数多くのスポーツライターがすでに雑誌やウェブで活躍していて、まさにスポーツライターの世界はレッドオーシャンだった。いまさら「スポーツライター」として勝負しても勝ち目なんてないと感じていた。書籍が売れなくなってからは、「スポーツライター」という言葉には、オワコン的な哀愁すら漂う。だから、周りのライター仲間たちに「スポーツライターと名乗る意味はどこにあるの?」と聞いて回ったことがあった。すると、その誰もが一様にこう答えた。

「いまはスポーツライターって言ってもねぇ。昔は、本が売れれば、それなりの収入とステータスが得られたのだけれど……」。

スポーツライターの価値を低迷させたコンテンツ大量生産・消費社会

スポーツライターの価値が下がってしまった理由は、言うまでもなく、社会の変化にある。

インターネットが爆発的に普及し始めると、マスコミ4媒体と言われたテレビ・新聞・雑誌・ラジオは、インターネットへのシフトを迫られた。それまで築いてきたものがインターネットメディアに取って代わられることに怯え、長らく既存媒体は抵抗したが、それも時間とともに抗えなくなっていった。

その上、SNSの登場でインターネットの世界はカオス化。コンテンツを作る能力がある既存のメディアと、そのコンテンツを仕入れる力があるヤフーのようなポータルサイトでの情報発信が主流だったが、コンテンツを制作できる個人がSNSを使って情報を発信するようになった。個人の時代の到来である。

さらに、クラウドソーシングのような企業と個人をマッチングするプラットフォームが現れると、質より量で勝負しようとするウェブメディアが現れ、ウェブメディアが乱立した。質の悪いメディアが、1文字0.1円のような低単価でライターに仕事を依頼するようになり、「未経験歓迎」「副業OK」「在宅でできる仕事」というような安易な言葉に、人々は飛びついた。こうしてライターを名乗る人が増え、ライターという職業にはもはや何の価値もなくなってしまった。過当競争を強いられ、スポーツライターたちが食べていくのは、さらに難しい世界になってしまったのだ。

東京オリンピックがもたらした皮肉

忘れてはいけないのが、東京オリンピックの開催決定だ。東京オリンピックを目指したのは、アスリートだけではない。スポーツに熱意を持ったビジネスマンも、東京を目指してスポーツ界に流れこんだ。中でも、何の資格も必要としないスポーツライターは、比較的参入しやすかったのかもしれない。

実は、私もその人間の一人である。2015年ごろ、そろそろ東京オリンピックに関わる道を模索しなければと焦っていた私は、友人にそのことを打ち明けた。当時私が所属していた会社は、ライブエンターテイメント業界の大手だったが、東京オリンピックには、競合の会社が関わることが濃厚だった。このままでは本業でオリンピックの仕事に関わることはできないと考えた私は、個人として関わる道を模索し、副業をしながらスポーツライターとして関わる道を選んだ。

※その後、スポーツライターとして活動していくうちに、求めるスポーツライター像が変わっていったため、結果的には、オリンピックに対する興味は徐々に削がれていった。現在は取材テーマも大きく変わったのだが、その経緯はまた別の機会に書いてみることにしたい。

こうして、スポーツ以外の専門性を持つスポーツライターが現れると、面白いことが起きた。そのような人間が書く記事が想像以上に高い評価を得たのである。文章スキルはさておき、それまでとはまったく異なる視点が新鮮で、なおかつビジネスの実体験や実情に基づいた文章に説得力があったのだろう。

もちろん、それまでのスポーツライターたちも黙ってはいなかった。自分の専門性を出そうと、より競技を深掘りした記事が増え、結果的に特定の層に刺す記事が増えていった。

こうして、数多くのライターたちがメディアでスポーツ関連の記事を書くようになり、より個性を打ち出した記事が増えると、スポーツコンテンツは一気に供給過多に陥った。スポーツに関する情報が溢れだし、スポーツ情報に飽きた読者は、記事を読まなくなった。アクセス数を重視するウェブメディアは、アクセスが稼げないスポーツライターの記事を掲載しなくなり、最近では、スポーツライターの活躍の場は、少しづつ減ってきている。

東京オリンピックという大イベントの招致が、結果的にスポーツライターの価値を下げてしまったというのは、なんとも皮肉な話ではある。

スポーツライターのリアルな収入実態

私の知人の若いスポーツライターが、最近ドロップアウトしてしまった。良い文章を書いていただけに、残念ではあるが、彼には大きな欠点があった。それは、仕事の基本ができていなかったこと。進捗の報告ができない、納期が守れないなど、ビジネスマンとしての基本が欠如していたのだ。基本ができていなければ、どの世界でも生き残っていくことは難しい。やはり、才能だけでは生きてはいけないのだ。

ちなみに、大手のメディアでも執筆していた彼の収入は月に15万円程度。フリーのスポーツライターが、長く続けるには様々な工夫で、無策では生き残っていくことはできない。最近は残念ながら、音信普通となってしまった。才能はあるだけに、近いうちに復活することを願っている。

ここで、ライター業界の実態を示すもう一つの話があるので、ご紹介しよう。

先日、私がライター講座を開いた際に、講座を受けてくれた生徒のなかに、ライター経験者がいた。その人は、鍼灸師の仕事の傍らで、クラウドソーシングでライターの仕事を受けていた時期があったという。仕事の空き時間を有効活用できると思って始めたようだが、その目論見は見事に外れた。単価が安すぎて、時間と苦労のわりに、微々たる収入にしかならないことに気がついたのである。再び収入源を探して、私のライター講座を受けることにしたようだが、私は彼に対し「時間の無駄になるから、やめたほうがいい」とはっきりと言ってあげることにした。

なぜなら、また同じことの繰り返しになるだけだからだ。それに、そんな人が書いた文章が、世の中に流通しても、それはただの「ゴミ」である。そして「ゴミ」のような情報が溢れていることを知った人は「インターネットにある情報は信じられない」と言う。

ウェブに活躍の場を求めなければならない、いまの時代のスポーツライターなら、インターネットの世界に対して、もっと強いこだわりを持つべきだ。

インターネットへのこだわりをもつ

実は私は、2002年から3年間ほど、ヤフーの中で企画の仕事をしていた時期がある。インターネット時代の最前線にいたヤフーでの経験は、それはもう刺激の連続だった。新規サービスのローンチに携わったり、メディアを立ち上げてコンテンツを仕入れたり、広告商品を作って自ら販売したりと、ありとあらゆる役割を求められた。

その当時に感じていたのは、「ヤフーには、コンテンツに徹底的にこだわる文化があった」ということ。顧客が迷いなく目的の情報を得たり、欲しいものを買ったりできるよう、徹底的に顧客体験にこだわる姿勢は、今でこそ、UIやUXといったマーケティング用語で語られるが、私たちは当時から当たり前のように行っていた。「俺たちがインターネットの未来を作る」という気概に満ち溢れた人たちと一緒に仕事ができたことは、私にとっては何にも変えがたい経験で、それはいま私がスポーツライターとして活動する上で、心の拠り所となっている。

スポーツへのリアルな関わりがスポーツライターの専門性を養う

私はスポーツライターとしての活動を始めるかなり前から、スポーツビジネスの現場で数多くの経験を積んできた。Jリーグやプロ野球球団のチケッティングやCRM関連のシステムを導入し現場の運用改善を行ったり、時にはグッズ関連のシステム開発に関わったこともある。また、QRコードや携帯電話に組み込まれたICチップ、スマートフォンなどを使った電子チケット入場システムは、私の専門の分野だった。毎週末になると試合の現場を訪れて、チーム関係者と一緒にスポーツビジネスの現場に携わった経験は、他のスポーツライターとは、明らかな差別化要因となっている。

また、プロスポーツだけではなく、グラスルーツにもアンテナを張った。週末を使って、スポーツ少年団での指導員を始め、荒れ果てた地域スポーツの現状を知った。その後、地域スポーツクラブの経営手法を学ぶために、隣町の街クラブのスタッフとして、社会人チームの立ち上げをプロデュースした。子供を喰い物にする金儲け主義の実態と目の当たりにして、そして2016年からは、地元の若者とともに、ファルカオフットボールクラブを立ち上げて、地域スポーツ環境の改善に取り組んでいる。

いまのところ、グラスルーツの課題を大手媒体で書くことはしていないが、育成の現場にも積極的に携わることで得られる経験は、スポーツライターとしての幅を広げる上で、大いに役立っている。

他の職業とスポーツライターとの共通点を知る

言葉を扱う職業として、サッカー解説者の戸田和幸氏から学ぶことは多い

スポーツ解説者というと、皆さんは誰を思い浮かべるだろうか。

私がすぐに思い浮かぶのは、プロ野球解説の世界で革命を起こした故・野村克也氏と、サッカー解説でいまをときめく戸田和幸氏の2人だ。

残念ながら、私は野村克也氏を取材することはできなかったが、戸田和幸氏を取材する機会に恵まれたことがある。取材では2時間以上、2人だけの空間で話をさせてもらった。そのときに彼と話をしていて気づいたのが、スポーツ解説者という職業は、多くの点でスポーツライターと似通った性質があるということだった。

スポーツ中継を見るとき、解説者が誰であるかは、視聴者にとってとても重要だ。だから、スポーツ解説者という職業を華やかなものだと思っていた私にとって、戸田氏との取材でスポーツ解説者の実態を聞かせてもらえたことは、とても貴重な経験となった。同時にスポーツライターと似た性質を持った職業であると気づいたときは、少し驚いた。

ここではスポーツライターとスポーツ解説者の共通点を12個ほどあげたい。

  1. 言葉を使う仕事であること
  2. 多くの人に伝えることができる仕事であること
  3. 多くの人に伝えたつもりでも、伝わらなければ意味がない仕事であること
  4. 自分の色を出さなければ生き残れない職業であること
  5. 雨後の筍のように、次から次へと新しい人が出てくる職業であること
  6. メディア毎に視聴者(または読者)がついていて、メディア毎にその特徴が異なること
  7. メディアについている読者を想定して使う言葉を選ぶ必要があること
  8. メディアから報酬をもらう仕事であること
  9. 決して主役にはなれないこと
  10. 社会的な評価が著しく低いこと
  11. 専業で食べていくのは厳しいほど、単価が安いこと
  12. 入り口は広いが、継続して活動するのは難しいこと

今回は、スポーツ解説者とスポーツライターとの共通点を探ったが、実は、学校教師とスポーツライターにも共通点があるし、美容師とスポーツライターにも共通点がある。詳しいことは省略するが、スポーツを語るだけでは、生きのこることは難しい。物事を抽象化し、そこから必要な学びを得ることで、独自のスポーツライター像を作ることができるはずだ。

※なお、新型コロナウィルスによる自粛期間中に、Zoomを使って150人以上のスポーツ関係者と話をすることができた。そこで見えてきた様々な課題には、かなりの共通点があることがわかった。今後スポーツ界の課題を解決するための仲間を集めるために、サークルを立ち上げた。もしよければ覗いてみて欲しい。

スポーツ好きが集まってゆるくコンテンツ制作を楽しむサークル https://note.com/segawa_taisuke/circle

新しい時代のスポーツライターに必要な3つの姿勢

ここまで読めば、察しの良い人ならすでにわかるかも知れないが、実は私のスポーツライターとしての価値は、それ以外の活動に源泉があると考えている。だからこそ、他のスポーツライターとは一線を画しながら、実績を積み上げることができたし、その視点や行動を評価してくれる人が現れた。

私がこれまでスポーツライターとして、大切にしてきたことをまとめると以下のようになる。

  1. ビジネスの基本を大切に
  2. 徹底してコンテンツの質にこだわること
  3. 自分だけのスポーツライター像を目指すこと

繰り返しになるが、収入を求めるなら、スポーツライターなんてやらない方がいい。質へのこだわりがないなら、スポーツライターなんて名乗らないほうがいい。誤解を恐れずに言えば、私にとって、スポーツライターとは、瀬川泰祐という人間の1つの側面にすぎない。その他の専門領域との掛け合わせができるかどうかだ。

自分の特色を出せ。誰にも負けない専門領域で、スポーツを語れ。自分だけの色を持ったスポーツライターだけが、新しい時代を生き抜くことができるのだ。

2020.06.13 自戒を込めて