SPORTS BUSINESS

主に、スポーツを経済視点で書いた記事を取り上げていきます。

僕が「スポーツテック」という言葉を初めて聞いたのは、2018年頃だっただろうか。

「スポーツ」と「テクノロジー」を掛け合わせたこの造語を、あるスポーツライターが使っているのを聞いたとき、はじめは少し違和感を持ったことを覚えている。

違和感の原因は、決して大規模ではないものの、以前からスポーツ界でもテクノロジーの導入はと進んでいたことを知っていたからだろう。

例えば、2008年の北京五輪で、フェンシングの太田雄貴さんが銀メダルを獲得したが、その快挙を支えたのがテクノロジーだったというのは有名な話である。

また、私自身も、スポーツ業界でチケッティングやCRMなどの分野でシステムプロジェクトに携わってきており、まさに太田雄貴さんがメダルを獲得した2008年ごろは、大宮アルディージャやソフトバンクホークス、大阪エヴェッサなどのスポーツチームが持つチケッティングの課題を解決しようと、様々な取り組みを行なっていたときだった。

スポーツテックの最先端を走っていた大宮アルディージャ

特に、大宮アルディージャは、浦和レッズというビッグクラブの影で、いかにファン・サポーターを獲得するかに工夫を凝らしていた。誤解を恐れずに言えば、大宮アルディージャは、浦和レッズが取りこぼした人たちを如何にして大宮サポーターにできるかに注力していたし、それが彼らの生存戦略だった。NTT東日本という責任企業を持つ強みを活かし、主にマーケティング領域での差別化戦略を取りながら、スポーツ界でも先鋭的な取り組みを行なっていたのである。

現在は各チームが自前の統合システムをもつのも珍しくなくなったスポーツ界。だがそれをいち早く導入し、さらにはおサイフケータイを活用した電子チケット入場など、数多くの実験的な試みを行なったのが大宮アルディージャだった。このため、当時の大宮アルディージャのホームゲームには、毎試合のようにプロ野球球団やリーグ関係者が視察に来ていたほどだった。

当時週刊サッカーマガジンに掲載された大宮アルディージャの取り組み。

また、曖昧な記憶が正しければ、この後にはポイント機能を追加して「スポンサーチケットの空席問題」を解決する施策も行なった。2015年に、ラグビー協会の主催の試合で、チケットが売り切れていたにも関わらず、試合会場はガラガラだったという事例があったが、そのような課題を2008年の時点で解決していたことからも、当時の取り組みがどれだけ先鋭性があったかが、わかるのではないだろうか。

https://www.nikkansports.com/sports/news/1565942.html

当時の資料がないかを探していたところ、僕が作った資料がウェブサイトに残っていたので、懐かしみつつ、掲載したい。

上記の日刊スポーツの記事を読んだ後に、この図を見てもらえれば、未だに残るスポーツ業界のチケッティングの課題の一つがわかってもらえるだろう。

それまでは、事前に原券(紙チケット)をスポンサーに納品していたため、観戦してもらえるかどうかわからない分まで招待券を配っていた。つまり、その席は確保しなければならないので、一般の人に向けて売ることはできず、当日に空席となってしまう課題があった。

スポンサーへの紙チケット配布をやめて、あらかじめポイントを提供。スポンサー企業はスポンサー専用サイトから、必要な枚数分を保持しているポイントで確保してもらうシステムを構築。これにより販売して良い席が明確になり、試合の何日か前にはチケットを一般向けに販売可能となり、余分にスポンサーに招待券を配ることによる空席問題を解決した。

ITシステムの投資に必要なのは「グランドデザイン」

最適なITシステムの投資を行うためには、あらかじめ、ITシステム投資の優先順位を定めたグランドデザインを立てることが必要だ。

そのグランドデザインは、現実にもつ課題、そして経済合理性の上で成り立っており、「あったらいいな」と言うものではなく、経営にインパクトのある様々な「課題の解決」を目的として作られるべきだ。

一方で、僕が「スポーツテック」という言葉に対して感じていたのは、この優先順位の欠如だった。どのテクノロジーも、実現したらいいなと思うものばかりだが、優先順位は低いソリューションが多いと感じていたのである。(もちろん全てではない。)

そんな先入観が根付いていたせいで、僕は少し前まで、日本の5Gネットワ​​ークがスポーツ観戦にどんな未来をもたらすかを議論することには、あまり興味がなかった。いくら質の良い製品・サービスであったとしても、いくらアイデアが素晴らしいものであったとしても、世の中のニーズを満たしていなければ、それは広く普及することはない。世界中で生まれているスポーツテクノロジー系のソリューションの多くが、「プロダクトアウト」的で「テックドリブン(技術主導)」なものだったため、広く普及するイメージが湧かなかったのだ。

しかし、事件が起こった。

新型コロナウィルスの大流行である。

これにより、社会は一変した。スポーツ界は大きな変革を迫られることになった。以前は、リアルタイムで観戦することによる「熱狂」や「共感」、スタジアムやアリーナにおける感情の揺れ動きこそに価値があったが、目に見えないウィルスの脅威によって、スポーツのリアル観戦という醍醐味を味わうことは難しくなってしまったのだ。

すると、リモート応援やリモート観戦、投げ銭などに活路を見出そうと、スポーツテックに頼る動きが一気に加速した。スポーツの熱狂をファンに届けたいという主催者、そしてスポーツの熱狂を味わいたいというファン、この2つのニーズを解決するツールになったのだ。

これまで「プロダクトアウト」だった商品やサービスが一瞬にして「マーケットイン」に変わった瞬間だった。

サッカーや野球などのメジャーなスポーツの世界では、例えば「DAZN」に対して「放映権」が設定されているため、ストリーミング配信そのものに対する動きでは必要なく、そのストリーミング配信をどのようにして楽しませるか、が動きの主流となった。

一方、放映権や配信権が設定されていない音楽業界では一気にストリーミング配信を使ったライブが主流に躍り出そうな予感だ。

つい先日、我が家では、妻と娘が、あるアーティストのストリーミングライブチケットを購入したいと言い出したため、「これは体験するチャンス」と思い、好きでもないアーティストのライブを一緒に観た。同じチケット代を払うなら、より臨場感を楽しめるようにと、一昔前に構築していた5.1chのスピーカーシステムを引っ張り出して、自宅でライブを楽しめる環境を構築したりもした。「ライブ会場さながら」とは言わないまでも、即席ながら擬似的に楽しめる環境は整えることができた。

またスポーツ界でも、新日本プロレスがストリーミングライブ配信で4万人のユニークユーザを集めたというニュースがあった。

https://www.nikkansports.com/battle/news/202006160000788.html

新型コロナウィルスにより社会が一変し、スポーツ観戦のあり方も一変した。今後は、自宅でのライブ体験を豊かにするために「スポーツテック」による課題解決が進んでいくのではないか。

ファンがリアルに近い没入感を得ることができるような、新たなスポーツ観戦スタイルが提供される日は近い。僕はいま、スポーツテックに強い関心を持っている。

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